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「原発と地域振興」内橋克人著 「原発への警鐘」より [内橋克人]

▼福井県敦賀市、歴代の敦賀市長がどんな人物だったのか。
「もんじゅ」の場合、福井県選出の自民党議員、熊谷太三郎が経営する「熊谷組」が建設を担当、1983年1月25日に準備工事に着工、1985年に本体工事が開始。
この着工日の翌日、1983年1月26日、石川県羽咋郡志賀町で開催された「原発推進の講演会」(地元の広域商工会主催)での、当時の市長だった高木孝一敦賀市長の講演内容です。
内橋克人著 「原発への警鐘」 講談社文庫 より引用。


◇           ◇           ◇
只今ご紹介頂きました敦賀市長、高木でございます。

えー、今日は皆さん方、広域商工会主催によります、

原子力といわゆる関係地域の問題等についての勉強会をおやりになろうということで、

非常に意義あることではなかろうか、というふうに存じております。

…ご連絡を頂きまして、正しく原子力発電所というものを理解していただくということについ

ては、とにもかくにも私は快くひとつ、馳せ参じさせて頂くことにいたしましょう、というこ

とで、引き受けた訳でございます。

……一昨年もちょうど4月でございましたが

敦賀1号炉からコバルト60がその前の排出口のところのホンダワラに付着したというふうなことで、 世界中が大騒ぎをいたした訳でございます。

私は、その4月18日にそうしたことが報道されましてから、20日の日にフランスへ行った。

いかにも、そんなことは新聞報道、マスコミは騒ぐけれど、

コバルト60がホンダワラに付いたといって、私は何か(なぜ騒ぐのか)、さっぱりもうわからない。

そのホンダワラを1年食ったって、規制量の量(放射線被曝のこと)にはならない。そういうふうなことでございまして、4月20日にフランスへ参りました。

事故が起きたのを聞きながら、その確認しながらフランスへ行ったわけです。

ところがフランスまで送られてくる新聞には

毎日、毎朝、今にも世の中ひっくり返りそうな勢いでこの一件が報じられる。

止むなく帰国すると、“悪るびれた様子もなく、敦賀市長帰る

”こういうふうに明くる日の新聞でございまして、実はビックリ。

ところが 敦賀の人は何食わぬ顔をしておる。

ここで何が起こったのかなという顔をしておりますけれど、まあ、しかしながら、魚はやっぱり依然として売れない。

あるいは北海道で採れた昆布までが…。

敦賀は日本全国の食用の昆布の7~8割を作っておるんです。

が、その昆布までですね、敦賀にある昆布なら、いうようなことで全く売れなくなってしまった。


ちょうど4月でございますので、ワカメの最中であったのですが、ワカメも全く売れなかった。

まあ、困ったことだ、嬉しいことだちゅう…。

そこで私は、まあ魚屋さんでも、あるいは民宿でも100円損したと思うものは150円貰いなさいというのが、

いわゆる私の趣旨であったんです。

100円損して200円貰うことはならんぞ、と。

本当にワカメが売れなくて、100円損したんなら、精神的慰謝料50円を含んで150円貰いなさい、正々堂々と貰いなさいと言ったんでが、そうしたら出てくるわ出てくるわ、

100円損して500円欲しいという連中がどんどん出てきたわけです(会場爆笑、そして大拍手?!)。



100円損して500円貰おうなんてのは、これはもう認めるもんじゃない。

原電の方は、少々多くても、もう面倒臭いから出して解決しますわ、と言いますけれど、それはダメだと。

正直者がバカをみるという世の中を作ってはいけないので、100円損した者には150円出してやってほしいけど、

もう面倒臭いから 500円あげるというんでは、到底これは慎んでもらいたい。

まあ、こういうことだ、ピシャリとおさまった。

いまだに一昨年の事故で大きな損をしたとか、事故が起きて困ったとかいう人は全く一人もおりません。まあ言うなれば、率直に言うなれば、一年一回ぐらいは、あんなことがあればいいがなあ、

そういうふうなのが敦賀の町の現状なんです。

笑い話のようですが、もうそんなんでホクホクなんですよ

…(原発ができると電源三法交付金が貰えるが)その他に貰うお金はお互いに詮索せずにおこう。

キミんとこはいくら貰ったんだ、ボクんとこはこれだけ貰ったよ、裏金ですね、裏金!

まあ原子力発電所が来る、それなら三法のカネは、三法のカネとして貰うけれども、

その他にやはり地域の振興に対しての裏金をよこせ、協力金をよこせ、というのが、

それぞれの地域である訳でございます。

それをどれだけ貰っているか、を言い出すと、これはもう、あそこはこれだけ貰った、

ここはこれだけだ、ということでエキサイトする。

そうなると原子力発電所にしろ、電力会社にしろ、対応しきれんだろうから、

これはお互いにもう口外せず、自分は自分なりに、ひとつやっていこうじゃないか、

というふうなことでございまして、例えば敦賀の場合、敦賀2号機のカネが7年間で42億入ってくる。三法のカネが7年間でそれだけ入ってくる。

それに「もんじゅ」がございますと、出力は低いですが、その危険性……、 うん、いやまあ、建設費はかかりますので、建設費と比較検討しますと入ってくるカネが60数億円になろうかと思っておるわけでございます…(会場感嘆の声と溜息がもれる)。

…で、実は敦賀に金ケ崎宮というお宮さんがございまして(建ってから)随分と年数が経ちまして、

屋根がボトボトと落ちておった。

この冬、雪が降ったら、これはもう社殿はもたんわい、と。

今年ひとつやってやろうか、と。

そう思いまして、まあたいしたカネじゃございませんが、6000万円でしたけれど、 もうやっぱり原電、動燃へ、ポッポッと走って行った(会場ドッと笑い)。 あっ、わかりました、ということで、すぐカネが出ましてね。それに調子づきまして、今度は北陸一の宮、これもひとつ6億で修復したいと、市長という立場ではなくて、

高木孝一個人が奉賛会長になりまして、6億の修復をやろうと。

今日はここまで(講演に)来ましたんで、新年会をひとつ、金沢でやって、

明日はまた、富山の北電(北陸電力)へ行きましてね、

火力発電所を作らせたる、1億円寄付してくれ(ドッと笑い)。

これで皆さん、3億円既に出来た。

こんなの作るの、わけないなあ、こういうふうに思っとる(再び笑い)。

まあそんな訳で短大は建つわ、高校は出来るわ、50億円で運動公園は出来るわね。 火葬場はボツボツ私も歳になってきたから、これも今、あのカネで計画しておる、といったようなことで、

そりゃあもうまったくタナボタ式の街づくりが出来るんじゃなかろうか、と、 そういうことで私は皆さんに(原発を)お薦めしたい。 これは(私は)信念を持っとる、信念

……えー、その代わりに100年経って片輪が生まれてくるやら、 50年後に生まれた子供が全部片輪になるやら、それはわかりませんよ。 わかりませんけど、今の段階では(原発を)おやりになった方がよいのではなかろうか…。 こいうふうに思っております。どうもありがとうございました。(会場、大拍手)

  ◇           ◇           ◇    
志賀には北陸電力の志賀原発1号機が建設され、運転を開始しています。

 ★引用文献:内橋克人著 「原発への警鐘」 講談社文庫  

____________________________
◆これはもう呆れて物も言えないですね。 おねだりすればいくらでもお金が出てくる。 まるで打ち出の小槌の様・・・・・・ 「その代わりに100年経って片輪が生まれてくるやら、 50年後に生まれた子供が全部片輪になるやら、それはわかりませんよ。 わかりませんけど、今の段階では(原発を)おやりになった方がよいのではなかろうか…。 こいうふうに思っております。どうもありがとうございました。」(会場、大拍手) 原発利権にドップリと浸かった原発推進派、 お金がもらえて今現在さえよければ、それでいいのか、自分たちの子や孫のことはどうでもいいのか。この演説に会場大拍手、拍手した人々も同罪。 これは1983年当時の敦賀市長の話ですが、現在の市長の河瀬一治氏も、「全国原子力発電所所在市町村協議会会長」をつとめてる原発推進派。
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内橋克人「原子力安全神話はいかにして作られたか」 [内橋克人]

内橋克人「原子力安全神話はいかにして作られたか」/ 正統性を喪失したエリート支配層



原発PA(public acceptance)戦略の徹底ぶりについて。原発を社会に受け入れさせるための戦略的働きかけは大きく3つの柱に分けられており、壮大な規模において展開されてきた。

1)電気事業連合会が行ってきた言論に対する抗議戦略。
様々な報道機関・メディアに抗議書や「関連報道に関する当会の見解」という共通見出しの文書を送り続ける。

2)小学校低学年から中学・高校までエネルギー環境教育という名の原発是認教育を授業として実施。
社会・理科・総合などの授業で児童・学生らに教師が教え込んでいく。それが生徒の成績も左右する。

3)有名文化人を起用していかに原発は安全かを語らせるパブリシティ記事をメディアを使って展開。費用も膨大だったはず。男女の文化人を原発の地下施設などに案内し、ヘルメット姿で語りをやらせ、それを記事にする。ある有名テレビ・キャスターは「原子力問題は論理的に考えよう」などとご託宣を下しているわけである。

私は『原発への警鐘』の中で「マンクーゾ報告」を紹介している。米国のピッツバーグ大学トーマス・F・マンクーゾ博士は「マンクーゾ報告」(1977)の中で放射線による被害のことを「slow death 緩やかなる死」として警鐘を鳴らした。日本からの取材に応えたマンクーゾ博士は以下のように誠実に語った。「日本はアメリカに比べて国土も狭いし、人口も密集している。この広いアメリカでも原発の危険性は常に議論されているのに、狭い日本で原発事故が各地に広がった場合、一体日本人はどこに避難するつもりでしょうか。日本人は広島・長崎と2度も悲惨な原爆の悲劇を経験しているではないか」。私はこのマンクーゾ報告を正当に評価している京都大学原子炉実験所の原子力専門家の話も詳しく紹介した。今この国のあり方を根本から考え直すことが、夥しい犠牲者への生きている者のせめてもの責務ではないだろうかと考える。




http://youtu.be/C1lZ96QTFSI
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